ここでは、一般熱処理のうちとくに重要な用語について解説します。
ナイフや工具を自作するには、材料(素材)を購入して、それをやすりやドリルなどで機械加工したものを熱処理するという工程になります。 このうちでも、それを硬化させる「焼入れ・焼戻し」が重要ですので、主に、それを理解していただけるように説明します。
熱処理は自分で実施する場合以外は鋼材屋さんを通じたり、直接自分で専門業者(熱処理屋さん)に委託されることが多いと思いますが、いずれにせよ、熱処理の基本的なものを理解し、鋼の性質がどのように変わっていくのかを理解いただけるように説明します。 その他、工具などの製作に関係するものに、サブゼロ処理、表面処理、焼なましなどが含まれますので、それらを含めて簡単に説明します。
ここではできるだけ熱処理理論を中心とした教科書的な知識ではなく、自作工具類(ナイフなど)にあわせた実際的なものとなるように、理論は最小に、熱処理操作や工業的な限界や制約などに関係するものなどを使う側の立場にたってそれを取り上げていこうと思います。
対象の材料としては個人的に多く使用されている高合金のものをメインにして、工業的に多く使用される炭素工具鋼や低合金鋼で水焼入れや油焼入れなどの急冷をしなくては硬化しない鋼の説明は最小限にとどめます。
1. 焼入れ性
【キーワード】変態・マルテンサイト・焼入れ性・質量効果・ステンレス
鋼(はがね)の熱処理とは加熱冷却中の「変態」を利用する操作です。 これには『何度でどうする』と、「温度」「時間(速さ)」が重要です。
鋼は鉄(Fe)と炭素(C)を基本とした合金(これを「炭素鋼」といいます)で、これに、たとえば焼入れ性を高める元素のクロム(Cr)などを添加して、特殊な用途に用いようとしたものを「合金鋼」「特殊鋼」などといいます。
(近年は、合金元素の含有量を高めた「高合金鋼」が多く使用され、JISでは「工具鋼」と呼ばれる部類の鋼が多く使用されています。)
炭素鋼の炭素量は、多いほど『硬くなる』のですが、0.5%程度までは添加されるにつれて「焼入れ(水冷)」によって硬化する硬さ値が上昇しますが、それ以上添加しても最高の硬さは変わりません。(Fe中にCが固溶した時、焼入れしたマルテンサイト状態の最高硬さは0.5%程度を越えても変わりません。)(こちら参照)[硬くなるのは最高でも65HRC程度です]
しかし、急冷される度合いが低いと(たとえば油冷では)十分な硬さになりません。
(難しい用語は、聞き流していいという程度で読んでいってください)
このために、油冷でも充分に硬化するように焼入れ性を高める元素(Mn・Crなど)を加えたものが特殊鋼と呼ばれるものです。 しかし、少し大きい品物になると、焼入れの時には鋼材の内部は表面に比べて冷却速度が遅くなるので、焼入れ性を高める合金元素の量が少ないと、内部に行くに従って硬さが低下します。 これを、鋼材の「質量効果」といって、断面が大きくなるほど焼が入りにくくなるという説明をされる場合があります。
(焼入れ性が低いと、内部の硬さが低下して、日本刀のように、内部が粘くて折れにくい品物ができるのですが、このような操作をするには「神がかり的なワザ」が必要ですので、これからの説明は、工業的に扱う内容となります)
もっと焼入れ性を高める合金元素を(たとえばCr量を5%程度に)増やすと、空気中で冷やしても中心部まで同じ硬さになります。これを「空気焼入れ鋼」とか「高合金鋼」と言います。(焼入れ性の項を参照)
別紙に鋼の熱処理に使用する温度を含めた「状態図」や合金元素の特性について示します。
ただ、合金元素は焼入れ性を高めるだけでなく、マルテンサイトの強じん性や耐摩耗性を高めたり、高温に対する強度を高める・・・などのほか、ステンレスと呼ばれる「不錆性」が増したり、((この辺の説明は省略しますが)多量に加えると、機械加工ができないとか、焼が入らない鋼になってしましますので、成分によって、用途にあったいろいろな鋼が作られているのはこのためです。
2. 組織と硬さ
【キーワード】焼きなまし・炭化物・マトリックス・面心立方・体心立方・オーステナイト
焼割れ
通常、材料屋さんから購入する材料は「焼なまし」されて機械加工できるように柔らかい状態で販売されています。 焼なましは、(先の別紙の状態図に示した)変態する温度の直上まで加熱した後に炉の中などで「徐冷」する操作をいい、鋼が最もやわらかくなるようにする処理と考えると良いでしょう。(これをその他の焼なましと区別して「完全焼きなまし」あるいは「完全焼鈍:かんぜんしょうどん)」といいます)
【少し専門的になってきました。余談ですが、このように熱処理用語は同じ内容でもいろいろ存在しています。その不便さをなくすためにJIS規格などで用語を統一しているのですが、現場では生きているのに用語辞典には載っていないものもありますので、ここでも最新の用語でない表現もあることを了解しておいてください。】
炭素や合金量の多い鋼種はしばしば炭化物(FeとCの炭化物以外に、他の合金成分とCの化合物があります)が、これを粒状に分散させて、機械加工しやすい状態にする焼なましを「球状化焼なまし」と言います。 ナイフに用いられる鋼の多くは、この状態の焼なましが行われています。
組織を構成する「炭化物」は、「耐摩耗性」や「じん性」などの強度に影響を及ぼしますが、炭化物には「焼入れ」や「焼なまし」で素地(マトリックスと言います)に溶け込むものと解け込まないものがあります。
「不完全」に焼なましされた鋼材は、硬さが不ぞろいで、加工中に曲りが生じたり、加工がしにくい上に、あと工程の「焼入れ」の際にも硬さのばらつきや曲りの原因になります。
経験的には、通常販売されている鋼材では焼きなまし不良はほとんどないと考えていいのですが、高合金鋼で焼戻し硬さを低く出来ないために機械加工がやりにくい鋼種もあります。
(以下にも、「組織」という言い方が多く出てきますが、普通は、金属顕微鏡で観察される組織を指すと考えてください。)
鋼は結晶ですので、おおよそ規則正しく結晶が並んでいます。焼なましされた状態やそれを焼入れする高温になった状態では面心立方構造となっていますが、徐冷しないで急冷する「焼入れ」をすると、体心立方構造に変化(変態)します。それが熱処理の根幹です。
この、焼入れする状態に加熱された面心立方構造のものを「オーステナイト」と言い、変態によって生じた組織を「マルテンサイト組織」といいます。
鋼の「オーステナイト」はやわらかく展延性に富みますが、「マルテンサイト」は非常に硬くてもろいものです。(SUS316などのオーステナイト系ステンレスと呼ばれる鋼種はCrやNiなどを多量に含むために、常温でもオーステナイト状態になっています。)
焼入れされたままの「マルテンサイト」は非常に硬く、その生成量は焼入れ冷却時の温度に依存します。
このために、マルテンサイトが生成する温度域までを早く冷却するということを覚えておいてください。
鋼種によっては常温でも完全にマルテンサイトに変態せず、未変態のままのオーステナイトが残ります。(これを「残留オーステナイト」といいます)
このように焼入れ直後ではマルテンサイトや未変態のオーステナイトがあるので鋼が不安定な状態であり、焼入れされた品物は放置すると「焼割れ」を起こすなどの不具合が生じますので、時間を置かずに「焼戻し」する必要があります。
焼戻しは、ナイフ類では160℃〜250℃程度の比較的低い温度で実施されますが、これによって焼入れ時に生じたマルテンサイトは「焼戻しマルテンサイト」と呼ばれる「ねばさ・強さ」を持った組織に変化します。(高速度鋼など高温の強度が必要のものは550℃以上の焼戻しで硬い硬さが出るように設計されています。 これを高温焼戻しと言い、250℃程度の焼戻しを「低温焼戻し」と呼んで区別する場合もあります。
マルテンサイトはオーステナイトに比べて比体積が大きいことで、「焼き割れ」「焼曲り」などが発生しやすいために、この焼入れ温度から常温までの温度と時間の管理が最も重要になります。
これらは、あとの「焼入れ」のところで改めて説明します。 ここにある専門用語は、熱処理の話題でしばしば顔を出しますので、覚えておくと損はないでしょう。
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